エキス製剤の開発で購入も服用もグンと便利になったにもかかわらず、未だ漢方薬のハードルを高くしている原因のひとつに、ややこしい漢字の名前と、その種類と効能の多さがあげられます。
漢方薬は「ひとつの薬に効果がたくさん」で、なおかつ「ひとつの症状に薬がたくさん」なので素人にはどうやって選んでいいか皆目見当がつかないのです。
お医者様や薬剤師さんに決めてもらうのもいいですが、多くの中からその漢方薬が自分に処方された訳はやっぱり気になりますよね。漢方でセルフメディケーションを目指すなら知っておいて損はありません。今回はまず基礎編として、漢方薬を選ぶ上で避けて通れないその独自の考え方を説明いたします。
漢方の病気に対する考え方
たまに、仕事を頼むとどうやってこなすかより前にその仕事は本当に必要かを考えるめんどくさいタイプの人がいますが、漢方のアプローチはこれに似ています。
しかし、場当たり的に対処するせいでちっとも残業が減らない会社より、本質を捉えて業務改善する方が多少時間はかかっても結果的に会社の業績は上がるものです。そう考えればめんどくさいのも悪くはありません。
漢方は「木を見て森を見ず」の正反対をいく「森を見ながら木を育てる」療法なのです。なお、これから説明する事項はかなり強引にシンプル化しています。本当の中医学ではなく、日本の近代漢方の考え方を元に筆者独自の解釈を加えたものであることをお断りしておきます。
基本の体質を表す「証(しょう)」
「証」とは漢方における見立てや診断のことなのですが、なんせ漢方はめんどくさい性分ですから表面に出ている不具合だけにとらわれず、基礎体力や抵抗力の強さなどその人が持っている体質まで俯瞰で眺めながら診断します。
「証」の中でも基礎になるものが「虚証」と「実証」です。これを無視して漢方薬を選ぶことはとても難しいので、めんどくさくてもおつき合いください。
虚証
いわゆる虚弱体質。女性には主張される方が結構いらっしゃいます。
✔︎マーク体力が無く疲れやすい
✔︎青白いか黄色っぽい顔色
✔︎寒がりで汗をかきにくい
✔︎食が細く、便秘しやすい
✔︎小さく弱々しい声
✔︎消極的で静かな動作
✔︎くよくよして落ち込みやすい
実証
いわゆる壮健タイプ。こういう人が病気になると「鬼の撹乱」と言われます。
✔︎体力があり疲れない
✔︎やや赤ら顔
✔︎暑がりで汗をかきやすい
✔︎胃腸は丈夫だが、下痢をしやすい
✔︎強くてよく通る声
✔︎積極的で活発に動く
✔︎興奮して怒りやすい
当てはまるものが多い方があなたの「証」ということになりますが、2択というよりグラデーションになっていると考えた方が自然です。女性は人生に幾度も体質が変わるポイントがありますし、歳をとれば誰だって弱ってきますから「証」も一生同じではありません。
漢方では、例えば同じ頭痛を緩和する目的でも「証」に合わせて違う生薬を選んだり、組み合わせを変えたり、配合量を調整したりします。そうなるとこれはもうお薬の名前から変わってきますので「ひとつの症状に薬がたくさん」となる訳です。
原因を探る手がかり「気血水(きけつすい)」
漢方では人間の体を気・血・水の三要素で捉え、各要素の状態や相互の関係から病気の原因を見極めます。この3つが、不足する・停滞する・逆流する(気のみ)状態にそれぞれ名前が付けられています。
最重要でも実態は不明の「気」
生命現象の根源である目には見えないパワーです。
スター・ウォーズのフォースのようなものでしょうか?ドラゴンボールでは気功波でおなじみです。説明しているはずがなんだか怪しいものになってしまいましたね。怪しいものが苦手な方は自律神経の働きと思っておいてください。
ともかく、元気・気力から雰囲気・景気(?)まで、世界は気で満たされているのです。
・気虚=気が不足する
元気の無い状態。疲労感、食欲不振、免疫力低下
・気鬱(気滞)=気が停滞する
喉のつまり、胸のつかえ、憂うつ、イライラ、むかつき、生理不順
・気逆=気が逆流する
頭痛、めまい、動悸、冷え、のぼせ
栄養をめぐらせる赤い流れ「血」
全身に栄養分を運ぶ流れのことです。主に血液だと思っていただいてかまいません。
「血の道」という言葉を聞いたことがありませんか? 日本の漢方では生理不順から更年期障害にいたるまで婦人科系は全部この「血の道症」で一括りにされています。女性のトラブルと切っても切れないのがこの「血」です。
・血虚=血が不足する
疲労感、めまい、顔色が悪い、肌荒れ、抜け毛、白髪、眼精疲労、不安感、不眠
・瘀血(おけつ)=血が停滞する
肩凝り、頭痛、腰痛、色素沈着、皮下出血やあざができやすい、目の周りのクマ、生理不順、不正性器出血
潤いをもたらす透明な流れ「水」
水ではなく津(しん)と呼ぶこともあります。血液以外の体液のことで、代謝や免疫に関わっています。人間の体は60〜70%が水分ですからあらゆる組織に満ちている大切な要素です。
・津虚=水が不足する
喉の渇き、肌の乾燥、尿量減少、便秘
・水毒(水滞)=水が停滞する
気圧性の頭痛、めまい、動悸、むくみ、胃もたれ、湿疹、関節の鈍痛
その他の要素
他にも漢方には「陰陽論」「五臓」「六病位」「八綱弁証」など様々な診断方法があるのですが、皆さんが寝てしまう前にこの辺で止めておきます。ここまでをご理解いただけたでしょうか?「ふ〜ん……」ですよね。なんか分かったような分からないような。うさんくさいような。やはりほとんど右から左に流れていってしまいましたか。
漢方は園芸に似ている?
理科のアサガオから衝動買いしたサボテンまで、まんべんなく枯らしてきた私にとって園芸はどうも苦手分野です。一言で言えばセンスがないんでしょう。
そんな私の思いつきですが、気血水を、天気や気温・土と養分・水分に置き換え、植物に当てはめて考えると3つのバランスや兼ね合いの重要性がストンと頭に入ってきませんか?
美しい花を咲かせるためには一生懸命世話をしなくてはなりませんが、間違った方法では花をつけるどころかあっという間に元気がなくなってしまいます。その植物に合わせてバランス良く必要なものを見定めて与えていかなくてはなりません。(お前が言うな?)
タネ袋の裏には「日当りがよく水はけのよい場所を好む」など、基本の性質が書いてありますが、こういう植物さんは気虚や水毒になりやすいってことですね。人間にもそういった不調の基本傾向はあると思いますが、植物と違って自由に動ける人間は不調の原因も環境に応じてさまざまに変化していくのかもしれません。
一方「証」は人間より植物の方がはるかに幅がありそうです。巨木の根元に液体肥料を一滴たらしても効果がないし、小さな花の芽の上に油かすをてんこもりにしたら窒息死しちゃうことくらいは、園芸無能の私といえども想像できます。
なお、ご自身の証や気血水の傾向を調べるチェックテストはネットのあちこちに転がっていますので、試してみるのも一興かと思います。
おなじみ漢方薬にあてはめてみる
強引に理解していただいたところで、漢方入門・初回でご紹介した5種の漢方薬はどういう「証」に適していて、「気血水」のどんな症状に効く生薬が配合されているのか、一気に見てみましょう。
処方 |
気血水 |
証 |
葛根湯(No.1) |
気虚や血虚(体を温める) |
実証向け |
五苓散(No.17) |
主に水毒 |
やや実証向け |
小青竜湯(No.19) |
気鬱や血虚+消炎 |
やや実証向け |
半夏厚朴湯(No.16) |
主に気鬱 |
中間証向け |
抑肝散(No.54) |
気鬱や水毒+鎮静 |
中間証向け |
やはり、飲んですぐ効くタイプの漢方薬は、虚証タイプの方には向いていないものもあるようです。特に葛根湯は飲むと胃がムカムカするとおっしゃる方は結構いらっしゃいます。
漢方薬が効かなかったり、飲んで具合が悪くなる場合は「証」が合っていないことが多いのです。漢方薬を知るにはまず自分自身を知ること、というオハナシでした。